NavyTern’s blog

思考の試行。

かつて勇者だった者へ

大人になると、ズルや誤魔化しを覚えて、立ち向かうべき色々なことから、知らない内に逃げようとしてしまう。

 

でも、本当は誰もが、かつては立っていたはずだ。

ズルも誤魔化しも効かない、全力で体当たりしなければ超えられない壁の前に。何度もぶつかって、その度に弾き返されて、めちゃくちゃに傷ついて、痛くて、悔しくて、それでもその壁の向こうの世界へ行きたくて、諦めきれなくて、足を引きずりながら、それでも前に進もうとした。誰もが、勇者だったはずだ。

 

あれからどのくらいの月日が経ったのだろう。いろんな人がいた。いろんな事があった。心から楽しめることも、本当は嫌だけど飲み込んだことも。傷つくのがイヤだからと、剥き出しのままで勝負することを避け、回り道をし、いちいち安全を確認しながらしか前に進めなくなった。周りのみんなが、たくさんの人がそうやって生きている。心の中ではバカらしいと思いながら、分厚い鎧を手放すことはしない。間違っているのかもわからない。いや、むしろ正しいと思い込もうとしているだけなのかもしれない。そうやって、年老いていくことが幸せだと思い込みたいだけなのかもしれない。

 

かつて、誰よりも青く、誰よりも貧弱な勇者だった者よ。

あのとき、確かに何もできない愚か者だったかもしれない。毎日、暗闇の中を走り続ける思いだったかもしれない。だが少なくとも、傷つくことを恐れない勇気を持っていたのも確かだ。

 

あの勇気が、今また必要なんだ。

不格好でいい。結果が出せなくてもいい。文句や言い訳をたくさん垂れ流せばいい。そんなことはどうだっていい。

 

だからどうか、もう一度、立ち上がってくれ。

 

花の都でのたうちまわる

色々なことがあって、色々なことをして、いまここにいて、きっとこれからも色々あるのだろう。はっきりと人生をつかめないまま、短期的にこうだと思った道に進んできたけれど、まさか自分が花の都をキックボードで疾走することになるとは思わなかった。

 

同じ会社で働きながら、幸運にも声をかけていただいて、面接や勉強などをしながら、パリに来て、もう2ヶ月を過ぎ、もうすぐ帰国する。

そもそもは、海外で働いていて、キャリーケースを引きながら、携帯で電話をしながら空港を闊歩する大人がカッコいいなと思ったから、いつか海外で働いてみたいと思ったのだ。そのイメージとは身なりが違ったけれど、入社から一桁の年数で、願いを叶えられたのはよかったなと思う。

カッコいいなと思ったイメージは一瞬を切り取ったものだが、実際は飛行機のなかにいる時間が長いし、現地での仕事っぷりはと言えば、泥に塗れて草をかき分けていくようなものだし、少しは通じると思っていた言語も、ボロクソだった。一言では説明しきれないほどの情報量を込めて、重力が倍以上かかっているような「大変」な毎日を過ごした。

 

そして今日、なぜか社長と一対一で話す夢を見て、あまりの緊張に目が覚めてしまった。僕はなにか大切なことを話そうとしていて、社長はしっかり聞こうとしてくださっていた。たぶん僕は今感じていることや、不安や不満をぶちまけて、自分がこの先どう進んでいけば良いか、答えでなくともヒントを与えて欲しかったのだと思う。僕は社長に縋りたかったのだと思う。

目が覚めて、冷静にそのことを考えたとき、自分がどう生きるべきかなんて、てめぇで考えて決めていくものだし、そんなことを相談されても社長も迷惑だろうし、これが現実でなくてよかったと思った。

 

昔観た映画の「墨攻」に、「他者に是非を尋ねるのは、自信がない証拠だ。」というセリフが出てくるのだけど、僕はこのフレーズを折々に思い出しては、自分自身を叱咤激励してきた。なにかの目標に向かって、努力を続けて、疲れてきたり、思うように成果が出ないと、迷ったり、疑ったりし始めて、少しずつ言い訳やよそ見が増えてくる。

そうすると、活躍している友人知人が羨ましく思えたり、変に焦ったり、なにか新しいことをしなくちゃと、もがいたりする。20代はこのサイクルを繰り返してきた気がする。

 

自信は、ないのかもしれない。

せっかく目標を達成できても、その上や次を見てしまったり、人から褒めてもらっても、これに甘んじて堕落してはいけないと考えてしまって、逆に少し不安になってしまったりする。だから以前妻に「もっと楽しめば?」と言われたとき、自分がちっとも楽しくなさそうに見えていることに、ようやく初めて気づいたのだった。

 

結婚をして、家を買って、子供を作って、同じ会社に勤め上げて、老後は夫婦で静かに暮らす、という高度経済成長期の典型的な幸せな生き方は、真似ていればどこか安心できるような気がする。でもこれは、気のせいだということも自覚していて、今の社会情勢では「普通」であることがもはや困難なことで、少しずつ格差は広がるだろうし、何も考えずに働いていれば生活が良くなることは、もうないと思われる。

自分で全てをコントロールできるわけではないにせよ、積極的にこう生きていたいと前に進んでいかなければ、ズルズルと抜け出せない沼にはまっていくような人生になるのではないかと思う。

 

夢は、見ている間が一番楽しい。叶えようと一歩前進したが最後、そこには厳しい荒野が広がっている。でも結局、夢はさっさと叶えてしまった方が良いのだ。夢だと語ってしまうと、どこか自分と切り離した世界のお話に思えるから、目標と言い換えて、前進すれば、荒野の中に辿るべき道が見えてくる。そして、めでたく叶えた瞬間、それは単なる通過点だったと知る日が来るのだ。

 

 取り留めもないことを書いたけれど、自分の中のモヤモヤは少し解消された。

先へ進もう。

秋、そして僕は家族を持つ

前回の記事から、ずいぶんと時間が経ってしまった。

前回異動した部署で、僕はまだ働いている。冗談抜きで忙しい部署だ。作業としてこなしてしまえば、片づけることはできるのだけど。

 

色々なことがあった。色々なことを考えた。会社の上から下まで、ずいぶんと様々なことを見聞きして、僕が叶えたいと思っていたことは、もうここでは叶わないということが、よくわかった。自分を成長させるための環境としても、イマイチだなと思うことが増えた。タイミングの問題なのだ。

 

来年の春に、結婚することに決めた。

こういう形で家族を持つことになるなんて、全く予想していなかった。

でも、これを逃して、これを超える幸せはないと、直感的にわかった気がした。いびつな家庭で育ってきてしまったけど、ここからは一緒に頑張っていかなくちゃいけない。大きな挑戦だ。

 

妻となる人といて、僕は動きがなくなったというか、安定したというか、一定になった。以前は、仕事のストレスやちょっとしたミスで動揺し、自分を追い込み、打開するために根を詰める、というサイクルが2、3か月ごとに来ていた。急に猛勉強をしたり、他の企業の採用ページを見てみたり、場当たり的な逃げだったなと、今ではわかる。

 

仕事での自己実現は、きっと気持ちよいのだろう。それはそれとして、これはやっとかなきゃ死んでも死にきれない、というものにエネルギーを使いたいと思うようになった。まだまだ世界中に行ってみたい場所はあるし、やってみたいこともある。時間は限られているから、集中すべきものを選ばなきゃいけない。

 

最近、妻となる人を失う夢をよく見る。夢の中の自分は、そのショックに立ち上がれなくなってしまって、味わったことのない悲しみに打ちひしがれていた。たぶん、いま一番恐れていることなのだろうなと思う。一緒にいたい人、いてほしい人だ。

 

何年かして、この文章を読んだら、気持ちが変わっているのだろうか。

それは成長した結果なのだと思いたいが、世の夫婦には色々あるらしい。

 

なんのひねりもない文章だ。仕事ばかりではいけませんね。

昔自分で立てた、六指針はやってみると本当に難しいもので、未だに悪戦苦闘している。とりあえず仕事では、「迅速を旨とせよ」が強い。速さは力だ。