NavyTern’s blog

思考の試行。

その言葉は、必ずや君が背を押す

今日は久しぶりに母校の高校へ行ってきました。ちょうどセンター試験が終わって、これから私大・国立の試験へ向かおうという時期。訪れたのは夕方過ぎだったけど、教室には何人も生徒が残って勉強していました。

浪人や留年をした友達、後輩たちはこれから就活の面接に向かって準備を進めていくことだろう。何かと挑戦を控えた人が多い時期です。

何かに挑戦しようという時は、乗り越えてやろうという強気と、ダメだったらどうしようという弱気が、コーヒーに入れたミルクみたいにぐにゃぐにゃと混ざり合ってるような気持ちが続く。そういうときに自分を落ち着かせるために、人間は色んな事をするわけです。
野球選手とか、オリンピックに行くような選手の特集なんかを見てると、「ジンクスだよ」ってすごいストイックにいつもの習慣を淡々とこなすような人も出てきます。僕は全然スポーツのスの字もないけれど、やっぱり何かに挑戦するときには、心の支えにしているものがあるんです。

それが言葉。

文学部だから、言語については大学で随分考えさせられたから「言葉」って言うのかどうかは、とりあえず置いておいて、言葉の力を僕は信じたいと思っている。

大学受験に向かうとき、僕が繰り返し唱えていたのは「苦しむべき時は、きちんと苦しみなさい」というもの。
これは担任でもないし授業を受けたことすらない先生が、学校のテストの最低記録を更新し続ける僕らにむかって話してくれた。しかし、当時の友達に話してもみんな覚えていない。あのとき僕が必要としていた言葉が、すっと入ってきたというだけなんだろう。
「やらなきゃなぁ」と思っているんだけど、なかなか行動に移せなくてグズグズしていた。でも、どこかで「まぁそういうのは仕方ないよね。やる気出ないんだもん」と考えていた。同時に「いや、でもやらなきゃなんだよなぁ」とかも考えていて、もうどうしようもない愚図。そんな僕にとって先生の言葉は「しんどいことから逃げるな」と言われてるように感じて、「そうか、逃げちゃダメなんだ」とちゃんと頑張るようになった。この言葉を思い出すことで、自分が頑張ったこととかを思い出せるから、自信を維持するために試験の日も唱えていたんだと思う。

夏まで長引いた就活のときは、最終面接の日、地下鉄の駅で降りて階段を上っていたら、急に緊張で苦しくなってしまった。散々な就活、今日がダメだったら、また一からやり直し。どうしようどうしようどうしよう。
まあ、そんなのどうしようもできないんだけど、リクルートスーツにくるまれた僕は生まれたての小鹿のようになっていた。

「It's OK.You can.Everything goes well.Year,you can do it.Take it easy,take it easy.」

なんで英語だったのかはわからないし、文法とかニュアンスとかめちゃめちゃだったんだろうけど、これをぶつぶつと繰り返しながら本社まで歩いた。イッツオーケー、イッツオーケー。大丈夫、できるよ。って。

そうやってると落ち着くんです。こんなこと書いて、めちゃめちゃ恥ずかしくなってきた。
昔の人だって、何かあったら「ナンマンダブ、ナンマンダブ」って唱えてたと思うんですよ。どうしようもなく不安になったときに支えてくれるお守りの言葉。「頼む、助けてくれ!」って思いながら。

お金もかからない。時間も一瞬。誰にも迷惑かけずに自分を奮い立たせなきゃいけないとき、言葉ほど頼りになるものはない。もちろん、人によっては何かの「物」に想いを込める人もいると思う。僕は言葉。身近だから。

自分の中からにじみ出る言葉もあるだろうし、誰かが何となしに言ったことがふっと自分を導くこともある。それがどういう形なのかは決まってないし、一つであるとも限らない。でも、そういう言葉が一つでもあれば、必ず背中を押してくれる。

「言葉の力を信じよう」。そんなことを考えながら、「大丈夫だよ」って言ってやれる人間になりたいね